ペットロスエッセイ
ペットロスエッセイ


第4回「ペットロス」エッセイコンテスト
入選作品

― 入 選 ―

「ミミドリーム」

京都府長岡京市
奥村 文代 (おくむら ふみよ) 63歳

今から八年前の十二月九日、愛犬ミミが死んだ。ミミは二十五年前、我が家に迷い込んだ生後六カ月くらいの雑種の雌だった。顔が黒っぽくて、ちょっと怖いなと思ったが、慣れてくると「こんなかわいい犬はいない」に変った。

一人っ子の娘とまるで姉妹のように仲よしで、いつのまにかなくてはならない家族として十七年間、一緒に暮らしてきた。夫婦ゲンカの仲裁役をしてくれたり、むずかしい年頃の娘にいらつく私を和ませてくれたり、辛い出来事に沈む私に、ずっと寄り添ってくれたミミ。楽しいこともたくさんあった。毎日、朝夕の散歩のおかげでダイエット成功、ミミを介して人の輪も広がり、親友もできた。言いだしたらきりがない。ミミのことなら、いくらでも話したい。

でも、そのミミが死んだ。急に弱ってきたので病院に行ったら、老衰とのことだった。死ぬ二、三日前から水も飲まず歩けなかった。そして、夜の十二時すぎ、手足を伸ばしたまま、全身を震わせて息が止まった。

それから一週間の記憶があまりない。感情を言葉では表現できなかった。気力が萎え、体力もぬけ落ち、ぐったりとしたまま涙だけが、食事中も掃除をしていても、場所をかまわず流れた。いつもの散歩コースは歩けなかった。十六年間、春夏秋冬、毎日ミミと一緒に歩いた道を見るのが辛かった。どん底の精神状態の私が唯一かかさなかったのが、ミミに話しかけること。

ミミ、おはよう。ミミ、お散歩に行こう。ミミ、ごはんよ、おやつはミミの好きなウインナーよ。ミミ、ネンネ。おやすみ、ミミ。

そう、私はミミと会話がしたかった。私とミミだけの世界が欲しかった。すぐ、ぶ厚いノートを用意して表紙に「ミミドリーム」と書いた。夢でも空想でもいい。ミミは私の心の中で生きているんだから。そして、

「ミミが消えて一週間、本当に、本当にいないんだね、ミミ……。信じられない。ミミがいないなんて。いつもミミが座っていた場所が、ポッカリ空いている。写真に頬ずりしても冷たい感触だけが伝わってくるよ。ミミ、会いたい、一度だけでいいから会いたい。抱きしめたい。ミミ、ミミ」

と思いのたけを吐き出した。一日に何度もノートを開き書き続けた。半年後のノートには、微妙な心境に揺れている私がいた。

「朝はミミの面影が浮かび辛かったが、夜は少しだけ心が軽くなったような気がする。こうして、だんだん薄れていくのだろうか。時間の流れは救世主かもしれないが、反面、忘れていくという現実が、たまらなく悲しい。この大きな塊がなくなる日がくるなんて、ミミがかわいそう。この悲しみから抜け出したい思いと、ずっと持っていたい願いが、ぶつかっている。どちらも選べない」

ミミ

一年後のノートには、

「もう一年たったんだね。去年の今ごろは、と振り返った一年だった。明日からは新しい第一歩がはじまる。ミミを胸に抱いて歩こう。だって、もうどこにも逃げて行かないもの。私の中で、しっかりと息づくミミ。これから先、何年生きるかわからない私だけど、再び会える日まで、しばらく待っていてね。会える日が楽しみ。それまでに、天国で一番いい席を私のためにとっておいてね、頼んだよ、ミミ」

と少し明るくなってきた。そして、八年後、現在のノートには、

「ミミ、陽子(娘)は看護師として頑張って働いているよ、あの子もいろいろあったけど、元気になってくれて嬉しい。出勤前には必ずミミの写真に手を合わせて祈ってる。仲のよかったミミのこと、忘れてないよ。又、一緒にお墓参りに行くね」

「ねえ、聞いて。今日、スーパーで声をかけられたんだけど、全く顔も名前も思い出せなかったの。あーあ、ショック。でも、愛想よくニコニコと挨拶しておいたよ」

と、日常の報告や愚痴も書いている。

今ではこの「ミミドリーム」が人に言えない悩みや怒りなど、すべてを受け入れてくれる私の一番、安らぎの居場所となった。このノートがあるから、生きていく自信がついた。ミミがいつも私の側にいて、私を慰め励ましてくれているから。

ミミドリームも七冊目。六十三歳のおばさんが、まるで幼子のようにミミに甘えて、辛いこと、嬉しいこと、何でもミミドリームの世界でミミに聞いてもらえるなんて、すごく幸せ。

ミミが生きている時と同じ、いえ、それ以上に、一心同体になっているミミと私。

ミミ、ありがとう。これからもよろしくね。


《第4回コンテスト入賞作品一覧(5篇)

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