ペットロスエッセイ
ペットロスエッセイ


第1回「ペットロス」エッセイコンテスト
審査員推奨作品

― 審査員推奨作品 ―

「窓辺のモリはいつまでも」

東京都武蔵野市
斉藤 みか (さいとう みか) 22歳

夏のある日、早朝目覚ましの前に目が覚めた。ゲージの中でぐったり横になるモリの姿がぼんやりと見えた。どくんと心臓が大きく鳴って、眼鏡をかけた。白いおなかを出してぐったり横たわるモリが、今度ははっきりと見えた。

モリは中学生の時に飼い始めたウサギで、明るい茶色をしていた。慌てて母親を起こしに階段を駆け下りた。母親も急いで眼鏡をかけて、まだ少し息のあるモリをさすった。私はかすかに生きているモリを見つめていた。

モリ

まだ私が中学生だった頃のあの日、モリは近所のペットショップの水槽の中にいた。水槽の端っこで小さく丸まって、鼻をひくひくさせていた。片手に収まってしまいそうな小さな身体は暖かかった。中学生の頃、学校でのストレスから食事を摂ることができなくなった私に、両親が買ってくれた初めてのペットだった。小さなモリは、私がやる餌を食べて、水を飲んで、大人しくいつまでも抱かれていた。私は食事を摂るようになって、学校にも行くようになった。最初に動物病院に行った時に、先生は言った。

「あなたがお嫁に行く頃まで、きっと生きてますよ。」

モリはかすかに生きている。がんばれ、モリ。私、まだ結婚していないよ。早朝で動物病院はやっていない。電話もつながらない。モリはかすかに生きている。

モリはどんどん大きくなって、いつでもぼてっとゲージの中で眠っていた。パセリとにんじんが好きだった。指をモリの手にあてると、反射的にモリは手を丸くして、私の指を握った。どんな時も、それは同じだった。がんばれ、モリ。まだ私には、モリが必要なんだ。モリはかすかに生きていた。

人間関係に疲れて消えてしまいたくなった時も、一人で泣いて朝を迎えた日も、モリは傍で生きていた。鼻をひくひくさせて、野菜をするする食べて、やがてぼてっと寝てしまう。がんばれ、モリ。私は今でも、時々食事を摂れなくなるから、消えてしまいたくなることもあるから、まだここにいてよ。

苦しいの? 声に出さずに問いかけた。モリはこっちを見ているような気がした。モリが無理をしているようで、どうしようもなく情けなくなった。まだお嫁に行ってないけど、成人式は一緒に写真を撮ったよね。ありがとう。もう、がんばらなくて、いいよ、モリ。私はもう、大丈夫だよ。

モリは静かに目覚めのない眠りについた。涙の乾かないうちに、モリの身体は動物病院に運ばれて、焼かれるためにそこに残された。あっけない。だけど、モリの魂はもう、天国に行っているのだから良いか。そう思って帰宅した。車の外の景色が後ろへ飛んでいく。乾いた上から、また涙が頬を流れていく。

数日後、モリは小さな骨になって帰ってきた。いかにもお骨です、という紫に金の糸の入った硬い布に包まれていた。死にました、と言われているようで、あまり見たくなかった。

モリのいない日々は流れて、痛みを残してモリは遠くなっていった。今でもモリを愛していることを、モリに伝える術はもうないのだろうか。せめて最後の夜にはパセリかにんじんをあげれば良かった。今更どうにもならないことばかりが頭を巡る。ふと、お骨が目に入る。そうだ、あれだ。

布を買ってきて、フエルトでモリの顔を作る。茶色の顔の額に白い模様が少しだけあった。白いフエルトを縫い付ける。モリは大きな目をしていた。丸くて黒いボタンを縫い付ける。いつもひくひくしていた鼻を刺繍する。緑色のフエルトで、モリの二文字を作る。全てを布に縫い付けて、モリの顔の傍にフエルトのにんじんを縫い付けた。お骨を布で包んでてっぺんでしばる。しばる紐は白いぽんぽんのついた毛糸。

弟が帰宅して、モリのアップリケつきのお骨カバーを見て言った。

「お前何楽しそうにお骨包んでるんだよ。」

可愛いでしょ、と言って、私はモリの骨を出窓に飾った。テーブルにつくと、ちょうど私の席から見える位置に、モリを置いた。いつまでもモリを愛していることを伝えるために。愛し続ける限り、モリは私の中で生き続ける。

手芸道具をしまって、ゴミを捨てる。夕飯の支度をしよう。モリが心配しないように。食べて、生きて、笑って、いつか良いお婿さんをもらって…それはまだ大分先になりそうだ。

モリ

《第1回コンテスト推奨作品一覧(6篇)

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