ペットロスエッセイ
ペットロスエッセイ


第2回「ペットロス」エッセイコンテスト
入選作品

― 入選作品 ―

「マイマイちゃんの突然死」

神奈川県横浜市
川村 玲子 (かわむら れいこ) 55歳

変わっていると思われるでしょうが、我が家のペットはカタツムリでした。

そう、雨上がりの庭でよく目にする、あのカタツムリです。小さくて、愛らしくて、いとおしいカタツムリを私たちはマイマイちゃんと呼んで大事にしていました。

最盛期、我が家の庭には大きな殻を持ったものが七匹いました。殻の上にマジックを使い大きな字でナンバーをふってやっていたから間違いありません。

カタツムリが増えだしたのには理由があります。

何年か前、テレビを見ていましたら、ビルの屋上を緑化して温暖化を少しでも防いだり、学校の教室の外側を蔓性の植物で覆ったりして、夏を少しでも涼しく過ごそうという工夫が行われていました。

「我が家でも何かできないだろうか」ということになり、家族会議の結果、いっそ庭を緑で覆ったらどうかということになりました。「緑で覆う」といっても言葉でいうのは簡単ですが、どうやったらできるのかが課題になりました。

植物の勉強から入りましたが、結局は、ブロック塀が見えないように椿、山茶花、ソヨゴなどを外側に植え、やや前に青木、沈丁花などを線的に並べるようにして植えることにしました。複層林による緑の壁づくりの考え方です。これを徹底させるために、日陰になる少し前側には低木の馬酔木、その下にヤブコウジを植えつけ、夏にはナルコユリが出てくるようにしました。

植木のないところはスミレやホタルブクロなどの花の咲く野草を植え、残りは芝生にしました。これで、土がむき出しのところはなくなります。

すべての植物が根付いて、予期していた雰囲気が庭に出はじめたとき、目につくようにして現れたのが、カタツムリでした。すでに蝶々や野鳥たちの訪問はあったのですが、ここを住処にしているはじめての生き物の登場でした。この小さな生き物に我が家は魅せられました。

見つけられる場所はいつも違っていましたが、そのうちにわずかな模様の違いが分かるようになりました。何匹いるのだろうかと思った私たちは、殻の上にマジックで番号をつけてみました。

以来、家族で早起きしては、カタツムリを探し背番号を確認すようになりました。ある時は角をくねらせながら、またある時は体にごみをつけたまま、さらには雨上がり間もない時のはずむ動きなどは見ていても大変ユーモラスでした。

カタツムリウォッチングは私たちの気持ちを落ち着かせてくれました。この庭では最も弱い生き物のカタツムリ。カタツムリとの接触はいつしか癒しの時間になっていることに気がつきました。

七匹が突然見えなくなったのが三年前です。

庭に植えてあるサザンカや椿、それに、ヒメシャラや夏椿にケムシが大量についたことがあり、そのために頻繁に葉に薬を撒いたことがあったのです。通常ですと、ケムシのいるところだけにしますが、この年の大量発生はそういったやり方を許してくれませんでした。

秋になると、落ち葉の影に隠れていることが多かったのですが、その年は、いくら葉をどけてみても見つけられませんでした。私達はカタツムリの突然死、大量死をすぐに悟りました。庭の隅々までかき分けて探しましたが、飼い猫が死に際に姿を消すようにまったく姿形がありませんでした。

人間に対して化学物質による環境公害は見えないだけに「忍び寄る恐怖」といわれますが、今回のカタツムリも彼らにとってはその類といえました。ペットがいなくなった悲しみとともに、庭の生態系の崩壊を悟りました。しばらくは、庭に出る気がしなくなりました。

今年に入ってもまだ以前のような大きな殻を持ったものに出会いません。庭の畑の片隅には三年前に弔ったときの「マイマイちゃんのお墓」と書かれた杭がまだわびしく残っています。

毎年、新たな葉をつけて甦る植物の浄化作用に期待し、再び、背中にナンバーがふれるほどのものが育ってくるよう、祈ってやまない毎日です。


《第2回コンテスト入賞作品一覧(6篇)

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