ペットロスエッセイ
ペットロスエッセイ


第2回「ペットロス」エッセイコンテスト
審査員奨励賞

― 審査員奨励賞 ―

「ガー子を起こして」

和歌山県和歌山市
大西 克弥 (おおにし かつや) 19歳

私が通っていた保育園では、ガー子という名前のアヒルを飼っていた。

ガー子はみんなの人気者で、外で遊ぶ時は先生がガー子を広場に放してくれ、みんなでガー子を追い掛け回して遊ぶのがつねだった。純白の羽をバサバサと振りながら、必死に逃げるガー子。それを笑顔で追い掛ける園児達、今からして思えばけっこう残酷な遊びだ。

昼にはみんなが持ち回りで、ガー子にエサをやった。給食のおばちゃんが細かく刻んだ野菜やパン切れを、犬用のエサ皿に入れてガー子のケージに入れてやる。

歯のないガー子はくちばしをパコパコならしながらエサを食べていく、私はそれをながめているのが好きだった。

私が卒園する年の夏。母親の都合で、クラスメイトより早く通園した私は、ガー子のケージの前を通った時に異変に気付いた。いつも朝からガァーガァーとうるさいはずなのに、鳴き声もあげずガー子はぐったりとしていた。

ガー子は死んでいた。

みんなが通園してくる前に、私から報告を受けた先生が、広場の隅にガー子をうめてしまった。私はそれを手伝いながらも、なぜガー子をうめてしまうのかを理解できず、悲しいとかつらいとかいう感情は全くなかった。

みんなが通園してくると、ガー子がいなくなっていることがさわぎになった。

「なんで、ガー子おれへんの?」

「先生、なんでなん?」

口々に質問をする園児達に、先生は苦笑するだけ。

「オレ知ってる」

元気よく手をあげた私に、みんなの目線が集中します。

「あのな、ガー子な、広場のはしっこにうめてん」

「なんでなん?」

「朝きたらな、元気なかったから、先生がうめてん」

「え~、ウソやん」

「ウソちゃうよ」

私の言葉は信用されず、みんなからウソつき呼ばわりされました。

「わたし知ってる。ガー子はねただけやんな。うちの犬も昔な、ねたまんま起きやんようになったからな、庭にうめてん」

クラスメイトの女の子がそう発言すると、私をふくめ、みんな納得してしまいました。

「そっかねただけか」

「先生、ガー子起こしてよ」

「せや、起こしてえな」

みんなに取り囲まれ、エプロンのすそをグイグイ引っ張られる先生。初めは困ったような顔をしていた先生だが、徐々に厳しい表情に変わり、

「ガー子を起こすことはできないのよ」

と静かな声で言った。

「なんで?」

「ねぇ、先生、なんでなん?」

「なんで? なんで?」とみんなは口々にさわぎ続ける。

「ガー子はね。死んじゃったの。ねてるわけじゃないのよ」

「死んだらな、お星様になるねんな。オレ知ってんねん」

クラスメイトの男の子がそういうと、別の男の子が、

「ちゃうわ、天国へ行くんや」

と反論。園児達のテンションはどんどん上昇する。

教室内の秩序は消え失せ、ある者は奇声をはっしながら室内を走り回り、ある者は先生の足にまとわりつき、「なんでなん?」としつこく言い続けている。

「静かにしなさい!」

目をつりあげた先生が怒鳴る。一気に静かになる室内。

「命っていうのはね、みんな一つしか持っていないの。ゾウさんもキリンさんも、人間も、もちろんガー子もそう。死んで命がなくなっちゃったら、もう起きてこれないのよ。」

先生の言葉を一所懸命に聞くみんな。

「ガー子はね、もうおばあちゃんだったの。ガー子は、みんなと遊べて楽しかったと思うのよ。幸せだったと思うわ」

先生はやさしい口調で言う。

「ガー子が死んで悲しい?」

みんな無言でうなずく。

「じゃあ、ガー子に手紙を書きましょう。ガー子に遊んでくれてありがとうって」

その後、ガー子のお別れ式が行われた。ガー子をうめた場所につつじの苗木が植えられ、ガー子にあてた手紙をその前に供えた。

もう十年以上、保育園には足を運んでいないが、あの苗木はどれほど大きくなったのだろう?


《第2回コンテスト入賞作品一覧(6篇)

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