ペットロスエッセイ
ペットロスエッセイ


第2回「ペットロス」エッセイコンテスト
入選作品

― 入選作品 ―

「犬の埋葬地に句碑が建つ」

兵庫県神戸市
上野 有治 (うえの ゆうじ) 75歳

『迷い犬を飼うことに』

40年も前の話である。小学生の息子が「犬が欲しい」と何回もせがんだが、「どうせ世話をしないだろう」と断っていた。

そんな時のある日、「柴犬」の子犬が一匹迷い込んで来た。子犬だから近所の犬だろうと思っていたが、誰も探しに来ない。

ところが1日おいて、首輪を付けたその親犬が子犬を捜し当てて我が家に現れた。くわえて連れ去るだろうと思っていたが、ちょうど子犬が牛乳を飲んでいたことから、親犬も牛乳を飲んで、そのまま姿を消してしまった。

そして、夕方になって親犬は、もう1匹の子犬をくわえて我が家に現れた。私は子犬に牛乳を、親犬には、ご飯にみそ汁をかけて食べさせた。その後に親犬が見えなくなったと思ったら、また1匹の子犬をくわえて来た。とうとう4匹の子犬を連れて来たのである。

私は、近所でその犬のことを聞いてみたが、誰も「知らない」と言う。どこか遠くの人が捨てたものと思って飼うことにした。

 『親子で飼うことになる』

子犬は非常にかわいいので、親子の絆の強さを感じながら将来の世話も考えて、子犬4匹とも知人にもらってもらった。1キロほど離れた家へあげたのは、親犬が1日で取り返して来た。ほかのは、それよりも遠くだったので、行き先が分からないのか親犬は連れて帰ることはなかった。私は1匹も子犬が居なくなるのは親犬は寂しいことだろうと思って、それからは親1匹、子1匹を飼うことにした。

前栽に放し飼いをしてあったが、子犬が垣根から外へ出ると必ず親犬がついて出た。私の息子は約束どおりの世話を全然しないので、私は時々であるが散歩に連れ出していた。

そして数年すると、親犬も老衰して、大きくなった子犬が外へ出ても、親犬はついて出ることは無くなり、一日中寝そべっている。私は、松尾芭蕉の俳句の「ひねもす」を思い出し、一日中ほとんど動かない親犬に「ヒネモス」という名前を付けることにした。それまでは「おやいぬ」「こいぬ」と呼んでいた。

 『海水浴の好きな子犬』

その後に親犬が死んで近くの丘に埋めたが、大きくなった子犬も「ヒネモス」と名付けた。

「ヒネモス」を、クサリでつながずに外へ連れ出すと、一目散に、丘の麓の湧き水を飲みに走る。そんな時分から「ヒネモス」は井戸水は飲むが、水道水は飲まなくなった。毎日、湧き水を飲むのが日課になった。

飲んだ後は、また一目散で丘に登り、母親が埋めてある付近に長時間たたずんで、海を見ている。名前の通り「春の海ひねもすのたりのたりかな」であると私は思った。散歩に行かない時は汲み置きの湧き水を飲ませた。

どうも海が好きらしいので、夏には海水浴に連れ出すと、私より先に海へ飛び込んでしまう。少しも恐れることはない。1回だけサバをくわえて上がってきたことがある。

海水浴から帰ると、水道水で体を洗ってもらうのを喜ぶ。「ホースで、もっとかけろ」と言わんばかりに「ワンワン」と鳴く

海を怖がらない、全く不思議な犬であった。

 『花を踏まない利口な犬』

私は仕事が忙しくなり、「ヒネモス」の力に引っ張られる状態になって、散歩に連れ出すことも少なくなり、前栽の中を走り回るだけのことになった。少々の花畑を荒らしても大目に見ることにしたが、花も踏みつけないで飛び越えているほど利口な犬になっている。

数年して「動きがにぶくなった」と思っていた朝、「ヒネモス」は血を吐いて死んでいた。運動不足からのものであろうと思う。「柴犬」の寿命は短いから、「老衰死だ」と、私の都合の良い解釈をした。

私は、「ヒネモス」をリュックに入れて、海を見ていた丘の母親の近くへ埋めた。

美男子の「ヒネモス」が、あまりの可愛さと利口さで別れがつらかったが、ほとんどクサリの無い生活で自由に過ごさせたのが、「せめてもの慰みであった」と思っている。

私はそれ以後は、下の子どもが欲しがっても、世話ができなければ「かわいそう」なので、別れもつらいから犬を飼っていない。

 『ヒネモスは墓も出来て幸せ』

私は「ヒネモス」が死んだ直後くらいに、転宅して、「ヒネモス」と遊んだ元の家の近くへは行くことは無かった。

元の家の近くの「ヒネモス」を埋葬した丘の麓が神戸の「桜の名所」の1つであったから、桜の季節には、花見がてら「お握り」を持って桜の木の下で「お昼」を取ったことが何度もある。その時だけ「ヒネモス」をクサリにつないで、一緒に食事をしたのである。

その後に、数年ぶりの「花見」のついでに、丘の上の「ヒネモス」親子を埋葬した所へ行ってみた。

「ヒネモス」を埋葬したすぐ近くの海の見えるところには、与謝蕪村の「春の海 ひねもすのたりのたりかな」の句碑が建っていた。私が転宅して、すぐのころに建てたらしい。

私は句碑を「ヒネモス」の墓と思って拝んだ。「かわいい犬の墓も建てられた」と自分で慰めることができて、「ヒネモスは幸せであった」と思うことにした。


《第2回コンテスト入賞作品一覧(6篇)

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